【道のり12】独立出店しようと思った当時の環境と理由。
オーナーにもマネージャーにも評価され、お給料もプライベートも少しずつ整っていく。
心と身体は直結する。
整っていくうちに、ずっとつらかった酷い手荒れが少しずつ良くなっていった。(完全にキレイに治ったのはさらに先、子供を妊娠した時でしたがその話はまた今度。)
そのうちお店は全員がスタイリストになり、手が空いてるスタイリストが忙しいスタイリストのヘルプをする、という構造になっていた。
その時の私は1番下の年齢だったにもかかわらず指名がどんどん増えて忙しくなり、時には先輩がヘルプに来る、という緊迫した状態になったりしていた。
まだまだ古い年功序列が残る世界。年齢順、美容師歴順、このお店に入社した順などでなんとなくの立ち位置がある中で、確実に年下の私は少し異質を放っていたように思う。
私は美容師としてのハングリー精神がとても強かったので、立ち振る舞いの接客から技術や薬剤の勉強、自分の個性をしっかりアピールし、それが指名につながり、またそれが自分の美容師としての向上心に繋がっていくものと信じていた。
そして誰にも負けたくない気持ちや自分で立てた目標の数字、毎年の評価昇進の為に毎日毎日1人でもその瞬間を一生懸命にやっていたと思う。
美容師はずっと技術の向上をし続けなければいけない仕事だ。
年齢も流行も薬も変わっていく。
そんなふうに思っている私を横目に数年しか歴が違わない他のスタッフ達は淡々とご来店いただいたお客様をこなすのみ。
なぜ指名が増える努力をしないのだろうか?
なぜオーナーに対する不満ばかりを吐く前に、自分で出来る事をして評価されてから物を言えるようにまで努力しないのだろうか。
彼女達は言う。
苦手なこと、面倒なことをするくらいなら、
この仕事量でこの給料ならこのままでいい。
それなのにあの子(私)が頑張りすぎるほど
数字などで比べられて私達はやりずらい。
そういう声を聞くことになる。
私が忙しくても1人でどうぞと、ヘルプに来なくなることも増え、何となくマンツーマン接客になっていった。
私とは違う価値観なんだなぁと、一緒に向上心をもって切磋琢磨していいお店にしていこう、いい美容師として充実した時間を過ごそうって思う人はいないもんだなと思わされた。
基本的には皆仲がいいのだけど、
時々微妙な空気が流れる日々。
満足いかない環境と孤独な時間。
そんな私の唯一の救いは、
お客様との時間だけ。
来てくれた友達や指名いただいたお客様と会話しながらキレイになってその一緒に笑顔になれる時間が私の支えであった。(本当に感謝してます!)
お店に入って5年くらい経って、少しずつ結婚、妊娠してやめていく先輩が続いた。
私も続いて結婚はしたけれど、、どんなに頑張ってもこのお店にいて子供を持ちながら働くことは無理なんだろうなと感じ始めていた。
産休なんてあるわけない。
具合悪くて仕事ができないなら来なくていい。
何度も途中で帰るなんて迷惑。
確実にいつも通り働けるようになるまで休職しなさい。
そんなことを、言われてなくても感じる世界だ。
(私の時代はまだ古い価値観が普通で、
個人店だから福利厚生なども整ってなどいない)
そして、何しろ子供を考えるにも当時のスタッフ達はヘビースモーカーが多かったから、
これでもし今後子供を妊娠したらどうすればいいのだろうと考えた。
吸わない私がお昼を食べていても何人ものスタッフに囲まれ、休憩室は煙で充満するような毎日だった。
1番年上であるオーナーの奥さん(子供はもう成人している)に聞いた。
「もし妊娠したら、、どうすればいいですか?」
そしたらなんと
「アナタが休暇室に入らなければいい。反対奥のカーテンの影で1人で食べればいい。」
そう言われてしまいガッカリ落胆。
(この奥様は産後次の日に隠し待ってたタバコを吸っていたらしい話を聞くと無理もない‥)
またオーナーも実力主義で評価すると言いながら年上スタッフの顔色を伺い、私に我慢をさせながら、年上スタッフと仲良くしながら指名を奪えという意味不明な指令を伝えてきてので、また残念で、ヤル気消沈。。
その瞬間からこのお店に居続けて未来を考えるのは諦めた。。
ずっと美容師としと仕事はし続けてていきたい。
産休育休で長く休むと指名のお客様は激減するのは目に見えている。
何年も何ヶ月も働かないという事が許されない状況にいたので(既に夫婦共同ローンを組んでいたから)
【美容師をしながら、子供を持てるのか!?】
は、なかなか悩ましい問題だった。
「産休のある会社の美容室に再就職したら?」
と軽く旦那に言われたが、
その〈再就職〉ってワードを聞いた時に
このお店に来て店長にイジメられていた
暗黒の1年がフラッシュバック!!!
いや、ちょっと無理ーーー!!!!!
新しい別のお店でまたどんな人の元で働くのかもわからないスタートで、
下に付き添って夜もずっと練習会をやるのも、
他のシステムの中に順応していくのも、
年齢的にも将来設計的にも無理。
何しろまた変なスタッフに出くわすかもしれない!!!
そんなのもう2度と耐えられない!!!
‥また同じ人や出来事が起こるとは限らないのに、心がパタっと閉じる。。
完全にトラウマになっていた。
そう思っていたら
「それが無理なら、
自分で店持つしかないな!」
と旦那が呟いたのだ。
旦那はずっと飲食業をしていて、周りの知人達が自分のお店をオープンしてるのを見てきている人だった。
お店を持つ?!
そんな事を考えたことは一度も無かった。
莫大な資金が無いと無理なものだと思っていたから。こんなちっぽけな私が持てるなんて考えたこともない。
でも、そういえばお店に単発でヘルプに来ていた少し年上の美容師さん、25歳で店長やって28歳で独立出店してるって聞いたな??
‥その人とは状況もやってきた環境も違うけど、若いのにそれをやっている人がいるのか。
それならば、私も!
その道がもし開くのなら‥
そこに賭けたいかも!!!!
そうやって新しい未来に向けてわずかに見えた可能性に賭けよう!
そう思った私は当時30歳。
今とは違って私の時には20代で結婚出産する人がすごく多くて、その流れが普通だった。
なりたい職業が見つかって、走り出しても困難が立ち塞がっては乗り越えて、
家を出て自立したとしてもカラダや心がうまく行かない時も、過ぎてみればそれなりの理由や試練であった。
乗り換えるたびに次のステップはやってくる。
私にとって美容師として生きながら
結婚や子供などのことを両立して行きたいという
両方を叶えるためにはどんな試練も乗り越えてみせる!!!
そんな事を強く心に秘めて、
ならば独立出店か!!!
というとても遠回りのような手段に賭けるしかない!!!と思ったのだ。
もうすごい昔のハズなのによく覚えてる。
大きな転換期を迎えていた頃の話。
